「上質生活」ってわけではないですが
こんにちは。
本当に本当の、最終的な断捨離を昨日行いました。部屋の片隅に残しておいた不用品を、他の用事をするついでにハードオフに売りに行き(その用事が昨日だったのです)、勉強部屋に、大学院時代から使用していた大きめの机を移動してきた結果、モニターの位置が座った際に真正面にならなくなったので、それを移動させました。私の家の家具や電化製品は、ほぼ全て壁などに固定してあるので、何か一つ移動させるだけでも大仕事になります。正面にメインのモニターを据えつけ、周囲にサブのモニターを置き直して、姿勢良く執筆ができる体勢をとることができるようにしました。
これで本当に断捨離が終了しました。
さて、断捨離というと、捨てる物の方に焦点が当たりがちですが、実は残しておく物や、断捨離後に家に持ち込む物の方も、同様に重要で、吟味が必要ですよね。そうでなければ、元の木阿弥で、結局また断捨離の世界に引きづり込まれることになります。
私は今後読む本は手元に残してあったり、PDF化していますので、今は全く本を買いません。それでも、手元に置いておいてもいいなと思うものは買うこともあります。数百冊を断捨離しているのに、どういうわけだか、その断捨離の嵐を掻い潜って、10年ほど前から、いつも手元に残っている、私の勉強対象の範囲外の分野にある、不思議な本があります。それは、加藤ゑみ子さんの『上質生活」という本です。たしか、100円でした。
この本は、その後の断捨離ブームの先駆けとなったと言ってもいいのかもしれません。この本では、捨てることにはほとんど触れられていません。生活はどのようにあるべきか、淡々と説かれています。私はこの本の通りにしようと思って生活しているわけではないのですが、時折読み返して、自分の生活はどうだろうか、と自問自答しています。内容が比較的「抽象的」なので、読み手の側の解釈の力も問われることも、この本の特徴であると思います。
ここで取り上げている「物」とは、当然、自分が生活する上で「必要な物」とは何か、が書かれていることになります。さまざまなタイプの物が取り上げられていますが、タイトルにある通り、それらの共通性は「上質」ということになりそうです。大量生産の物に囲まれて生活するのではなく、上質なものを選んで、それを周囲に置くべきであり、そうすると自然に生活が上質になっていく、というわけです。
そして、私の断捨離が最終場面を迎えた、ちょうどその時、妻が、亡くなったお母さんの着物を入れるために購入した、桐だんすが届きました。職人さんが丁寧に作られたもので、ホッチキスなど使わず、木製の釘で板と板を繋ぎ、つなぎ目は手彫りで組まれており、背面も前面と同じ桐を使っている、まさに上質なものです。もちろん高価なもので、私の部屋にある書棚の次に高い家具となりました。
搬送には、その箪笥をお造りになった職人さんと社長さんが来られ(そういえば書棚の時も社員さん自身がいらっしゃった)、どうやって日常の手入れをするか、どうやって引き出しを開けるか(金具を下からそっと手を添えて持ち上げ、ゆっくりとひっぱる、とのことです)、どうやって引き出しを締めるか、上に物を置くとしたら、どのようなもので、どの程度の軽さのものまで良いか、湿気対策はどうするか、など2時間にわたってお話を聞きました。そしたら、どうでしょう。そんな箪笥を邪険に扱うことができますか。足で引き出しを閉めたりできますか。上記のように、箪笥を開ける動作は、いわゆる「上品な」立ち振る舞いとならざるを得ないわけです。
ただ、私が思うに、上質なものとは、大量生産品でもいいと思うのです。アップルのマッキントッシュなどは大量生産品です。ですが、その箱からして、捨てがたいほどの美しさを備えているのです。事実、いまだに初代Mac Airの箱は捨てられません。本体を箱に入れると、まさに桐だんすの引き出しがそうであるように、空気がうっすらと出てきて、緩やかに収まるのです。iPhoneでアップルの存在を知った方は多いと思いますが、箱が美しかったでしょう?
家に持ち帰って、いざ開封するぞとした瞬間、居住まいを正してしまいます。その姿勢がそのまま製品を使用する際にも反映されていきます。もちろん、本体の美しさは言うまでもなく、もうこれ以上、デザインの変更は難しいというレベルに達しています。また、マックは内部の配線も美しいのです。かつてのマックには、箱体の裏側に、開発者のサインが刻印してあったそうです。彼らはマックを、いわゆる「大量生産品」とは捉えていなかったのでしょう、ですから責任をもってサインを刻印したはずです。ジョブズのプレゼンテーションが信頼に値するように目に映る理由はそこにあるのです。ジョブズは開発段階から全てを把握していました。一時期アップルを離れましたが、その際製作したコンピュータ「Next」も、正方形で黒一色の、これまた無駄一つない箱体のコンピュータでした。ジョブズを真似たプレゼンテーションがどうしても見劣りするのは、その開発段階から決まってしまっていることなのです。そして、アップルのような体制で作られたものを邪険にあつかっている人を見ると、殊更「下品」に見えるのもまた、その「上質なもの」がなせる技なのです。
つまり、上質な、それらの物に対して、所有者がどのように行動すべきかは、その物がすでに決定させているのです。骨董を扱う人がどのような動作をしているか、テレビでよく見ますよね。あれは、高価だから丁寧に扱っているのではなくて、丁寧に作られた物だから丁寧に扱うようになってしまうのです。
加藤ゑみ子さんの『上質生活」は、改訂版が出版されています。金持ちでなくとも、質の良い生活はできます。自分で考えて、吟味をして、本当に必要なものを選別し、それに相応しい扱い方をすることが必要です。これまた、どう生きていくか、ということと深く関わっているのです。