Open AIとの対話 第2回
続きです。
⚫︎では、全世界における、社会的に必要な労働時間はどう算出できますか
これは非常に興味深い問題ですが、マルクスの価値論では、「全世界における社会的に必要な労働時間」なる一つの量を直接算出することはできません。 というのも、社会的に必要な労働時間は、もともと「ある商品」の価値を規定するための概念だからです。
例えば、
小麦1トンの社会的に必要な労働時間
シャツ1枚の社会的に必要な労働時間
鉄1トンの社会的に必要な労働時間
という形では考えられます。
しかし、
世界全体の社会的に必要な労働時間
という場合には、「何を生産するための労働時間なのか」が不明です。
『資本論』で価値量を表すときは、
という対応関係があります。
したがって、社会的に必要な労働時間は本来、商品ごとに定まるものです。
ただし、「世界全体の社会的総労働」を考えることはできます。
例えば1年間について、
世界の就業者数
平均年間労働時間
を掛け合わせれば、
という量が得られます。
仮に
就業者35億人
年間1900時間
なら、
時間です。
つまり年間約6.7兆時間の労働です。
しかしこれは「社会的総労働時間」であって、「社会的に必要な労働時間」ではありません。
さらに厳密なマルクスの議論では、社会的総労働の中には
非効率な労働
売れ残り商品の生産
過剰生産に費やされた労働
も含まれます。
これらは価値形成に十分には認められません。
そのため、本当に「社会的に必要な労働」だけを数えようとすると、
世界中の全商品について、
平均的技術条件を調べ、
社会的需要によって認められる生産量を確定し、
その再生産に必要な労働時間を集計する
必要があります。
これは理論上は定義できますが、実際には膨大すぎて計算不可能に近いものです。
マルクス自身も『資本論』では、「社会的に必要な労働時間」を世界全体について数値化しようとはしていません。彼にとって重要なのは、その絶対量ではなく、「価値を規定する原理」としての役割だったからです。つまり、「この商品はなぜこれだけの価値を持つのか」を説明する概念なのであって、「世界全体で何時間の社会的に必要労働が存在するか」を測定するための概念ではないのです。
⚫︎了解しました。また考えてみます
はい、その問題は考え始めるとかなり奥が深いです。
実は、「全世界の社会的に必要な労働時間を考えられないか」という発想は、マルクスの価値論の難所の一つに触れています。
商品ごとの社会的に必要労働時間は定義できても、社会全体を一つの総体として見たとき、
社会的総労働と価値総量の関係はどうなるのか
複雑労働はどのように単純労働に還元されるのか
世界市場が成立した現代では「社会的に必要」の範囲は国民経済なのか世界経済なのか
生産された労働のうち、どこまでが社会的に承認されるのか
といった問題が出てきます。
『資本論』第1巻だけでは十分に解決されず、第3巻や後のマルクス経済学者たちの議論にもつながるテーマです。
また何か思いついたり、読書中に引っかかる箇所が出てきたりしたら、ぜひ聞いてください。価値論は一見抽象的ですが、細かく追っていくと意外に具体的な問題につながっていて面白いですよ。
林の感想:質問内容が抽象的なため、AIもどの視点に絞り込むか決めかねている様子です。
私がどうしてこのような質問をしているのかは後に明らかになりますが、皆様に先に伝えておくと、人間が生存するのにどの程度の量の労働が必要で、現在の労働人口によってその量を割れば、一人当たり、どの程度の労働を行うことで人間の生存が確保されるかを知りたいという、単純な発想からでした。AIが述べている「価値の生産」量を私は知りたいわけではなかったのです。しかし、以上の内容だけでも、AIは十分に対話に値する相手であることは理解でしました。