なぜ断捨離を行うのか その1
おはようございます。
本当の断捨離は、実は昨日終了しました。またCDを整理しようと思って、売りに出すことにしたのです。今回はジャズのCDが中心になりました。ハンス・モブレー、ホレス・パーラン等々、名だたる名演奏家の名盤が消失することになりました。これでしばらくはCDを売りに出すことはないでしょう。後は、死ぬまで聴くことができるクラシックと、ビル・エバンズとマイルス・デイビズと坂本龍一関連を主としたもの、それでも500枚ほどありますが、それだけです。これ以上、今の時点で売るとなると、本当に出血しそうです。
それと同時に、部屋に飾っているポスターも変更しました。1999年に、京都国立近代美術館で1ヶ月だけ開催された展覧会『倉俣史郎の世界』で買った、二種類のポスターに変更しました。1つは『ミス・ブランチ』のバラを各所にあしらったポスターで、もう1つはガラス製の椅子を真横から写した写真を元にしたポスターです。押入れの奥に押し込んでいたのですが、今回、書棚の一部を押入れに移動させるために、引きづり出したをきっかけに、飾ることにしたのです。これで押入れの中に、今私の意識に上らないものは無くなりました。
倉俣さんは、若くして亡くなった、本当に天才的なデザイナーでした。今でもファンは多いと思います。何度かアクリル製の花瓶を買おうと思ったのですが、シンプルなデザインの割に存在感があまりに大きくて、それを部屋に飾るとなると、一切合切の家具を整理して、部屋をシンプルにしないと、その花瓶は生きることがないだろうと思っていたので、結局買いませんでした。しかし、今回、彼の作品を元にしたポスターを飾ってしまったのです。
すると、どうでしょう。本当に部屋にある雑多なものがまさに雑多に見えてきて、私はそそくさと片付けることになりました。一緒に飾ろうと思った坂本さんのポスターも、最低限の大きさまで切り詰めることになってしまいまして、そこから坂本さん自身の写真も無くなってしまいました(もちろん捨てはしません)。本当に切り詰めた思想から生み出された作品は、周囲にこのような影響を及ぼしてしまいます。彼の信奉者であり、これまた天才的デザイナーである川崎和男さんの壁掛け時計「ホーラ」は2つ持っていますが、この時計も壁を選びます。その時計がかけてある壁の周囲には目立つものは何もありません。困った物でもあります。
断捨離はこのように、本当に必要なものが存在していて、その存在価値を汚すものは自然と失せていくというように行われるべきなのでしょう。まあ、それを「ときめく」とか「ときめかない」などと言い換えても良いのかもしれませんが、もっと厳しく言うと、「必然的か必然的でないか」ということが、その物が存在しても良いかどうかを決める基準なのだと思います。私は、感覚的な断捨離ではなく、理性的な断捨離の方が持続性もあり、納得できるものだと考えます。