B.T.T.B. Back to the basic そして、透明な世界へ

資本論の価値論に関する論説 等

なぜ、『透明な世界へ』は合計1000ページになったか

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 最初の自著を、合計1000ページに及ぶものにした人が、今までどの程度いるのか、私にはわかりませんが、まあ、少ないでしょうね。


 大部になったのは、以前の記事に書いた通り、「マルクス『資本論』の翻訳→榎原さんの解説→私の解説という、三段階になって」いて、「通常なら、三冊の本になるところを一冊にしたため」である、というのが実のところです。マルクスの『資本論』の解説も、榎原さんの解説の解説も、私が行うということになったので、私が書き及ぶ必要のある箇所が多く、その結果、分量が増えていったということがあります。


 榎原さんは、残念ながら、2024年の7月にお亡くなりになりました。その際、榎原さんが所属されていた『文化知普及協会』の方で、著作集を出版する計画が持ち上がりましたが、あることから一旦頓挫しました。それを機に私は一旦、協会との関係を失い、このままでは榎原さんの著述を目にする機会がなくなるだろうと考えて、その期間中に、今回の私の本では榎原さんの解説を多めに引用したということがあります(その後、別の体制で協会の方から出版されることになりました。私もちょっとだけ関係していますが、詳細はまた)。


 大部になった一因であり、なおかつ、この本を書く、目的の一つでもあったことは、専門用語を解きほぐして解説しようとしたことです。たとえば、みなさんは「価値形態」と言われて、即座にそれが何かわかりますか?「価値が採る形態」だと説明されて、わかりますか?「交換価値は価値形態である」、と言われて、わかりますか?もしこれが理解できないということであれば、その理由は何でしょうか?


 私はこういうところをおざなりにして、勉強していたのです。ですから、なかなか理解が進まなかったのだ、と、10年前に、予備校講師を辞めて2年後に家を建て終えて、改めて

『資本論』に向かった時に、はたと気づいたのです。


 「価値形態」という言葉の意味がわからないのは、「価値」がわからないだけではなく、「形態」の意味がわかっていないからです。Form(フォルム)がわかっていないからなのです。実はこれはアリストテレスから始まる、芸術概念から発しています。絵画のフォルムと言われれば、なんとなくわかりますよね。内容と形態、すなわち、形は……などと説明していってしまったのです。そりゃ字数が必要になるわけです。


 また、翻訳も3年ほどかけて、何度も書き直しました。例えば、今まで「外的対象」などと訳されていたのを、「人間の外部に存在し、人間が対象としているもの」と訳しました。予備校講師時代に、講師用(今はテキストの後ろにもあるのかな)の訳を書いて会議で検討する際、ちょっとわかりづらい表現を「じゃあ、開いてみようか」と言って、このように訳出することがありましたが、その経験を活かすことができました。


 このようなことから、気がつけば、基礎的な語彙の解説から、わかりやすい翻訳、内容全体の解説に至るまで、フルスペックで行った結果、この本は大部の書になってしまった、ということなのです。どうか許してください。

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