『素敵な気持ち』岩崎宏美讃 その3
で、岩崎宏美さんの『素敵な気持ち』でしたね。
ちょうど、この記事を書いていた時、この記事を読んでくださっている方から、「ひろみ」ではなくて「宏美」じゃないか、というツッコミが来ました。そうですよね。自分でもどうして、ひらがな書きにしたのか、よくわからないです。私の一番好きな芸術家の坂本龍一さんを「坂本りゅういち」と書いてあったら違和感をもつのと同じ気持ちですよね。ありがとうございました。そういう配慮がありませんでした。すみません。
『素敵な気持ち』の曲の良さは、もちろん、まずは無理のないメロディーですね。そのメロディーの自然さを可能にしているのは、もちろん宏美さんの歌唱力の高さです。その後、私は彼女のベスト版のLPを買いましたが、当時から言われていた通り、(当時要求されていたと思われる)ルックスと、歌唱力を備えた「大型新人」と言われました。さすが現在は高音が出づらくなったみたいですが(これはもちろん仕方ないことで、私が好きな阿川泰子さんも最近のライブを聴いた人から、ひどいことを言われていましたが、そんなん仕方ないやん、と思います。山下達郎作曲のWomanを歌って、我々の世代も夢中にさせた、低音のすばらしい、亡きフランク永井さんくらいしか、同じキーで歌い続けるのは難しいでしょう。歌手が高齢になってもコンサートに行くなら、その歌手に会いにいくつもりで行くべきです)。
また、この歌詞が、私などの60歳代のものには、深く響くのですね。若い時のような、毎日激震が走るような日々を送る恋愛ではなく、もう完全にお互いの愛情を信じ合っていて、おだやかに日々を過ごしている、という内容は、老年のカップルそのものを描いているとは思えませんが(というのは、男性の方が女性を後ろから抱き寄せて、ふわりと受け止める、ということは、60代以降ではなかなか難しいと思うからです)、それなりに社会的な経験をつんで、いろんなことがあって、今二人きりの時間を過ごしていて、改めてその時間の素晴らしさを意識している感じが、無理なく伝わってくるのです。30歳代かな。
でも、分析好きというか、何かと好きなものにはマイナス面の考察もしたくなる私としては、どうしてこの曲があまりヒットしなかったのかを考えたくなります(といっても、オリコン30位代まではいっているわけですから、売れたと言ってもいいかもしれませんが)。
以下、思いついたことを順不同で挙げますので、もし反論がありましたら、お返事ください。
1 当時の岩崎宏美さんの、世間の受け入れかた
この曲が発表された1983年の前年に「聖母たちのララバイ」が発売されていて、オリコン1位を記録しています。この曲は、リゲインという栄養ドリンクの歌い文句のように「24時間働けますか?」(働けよ、ということです)という雰囲気からして、実はぼろぼろやねんと思っている、労働者(特に男性かな)の心に響きました。例のモノマネですっかり茶化された宏美さんからしたら、やったった、という感じでしょう。その後、「さんまのまんま」に出演された際、本当に素敵な方に私には見えて惹かれました、さんまさんも「結婚しようや」と言うほどでした。つまり、「聖母たちのララバイ」と比較すると、やや物足りん、とか、落ち着きすぎという感じがあったのか。一方で、松田聖子さんは、ニューミュージックの作り手たちから楽曲を提供されており、彼女がSWEET MEMORIESなどで、やや年齢が高い層も取り込み始めたのに対して、岩崎陣営はその波に乗れなかったのですねえ。今、考えれば不思議です。土壌はあったように思えます。
2 ターゲットがEPを買う層ではなかった
これは推測にすぎませんが、内容は、上記のように、恋愛においては完全に安定期に入っている男女を描いています。私のように、今聞いていて感動する年齢のものは、(あれば)レコード屋に走りますが、そうでない人たち、特に若い人たちには遠藤い内容に聞こえたかもしれません。わざわざ買うまでもない、と判断したら買わないというのが、お金のない若者の行動パターンです。
3 シングル盤のジャケットの写真
正直に書きます。この歌詞の内容とリンクしているようには思えないのです。宏美さんがお召しになっているのは、オレンジの「つなぎ」?、昔、ダウンタウン・ブギ・ウギ・バンドが来ていたような衣装「つなぎ」で写っているのです。この服は、原則、アウトドア、もっと突っ込んで言うと、カーレースのメカニックが着たりするような服です。私は山本耀司の(かつて)ファンで、彼がつなぎをデ・コントラクションした服も見たことがありますので、それはいいのですが、(高級)マンションのベランダで展開されている、男女ふたりの振る舞いを表す曲の内容とはかけはなれていないか?
4 ファン層が宏美さんについていったのか
こう言うと、そんなことはないと言われそうですが、もともと岩崎宏美さんのコアなファンは少ないように思えます。申し訳ありませんが、その後のヒット曲を思いつかないのです。もちろん、彼女がすてきな人であることは知っています。ラジオ深夜便でゲスト出演した時も全て聴きました。快活であり、もちろん芸能人として、要求されるルックスも備えており、女性としての力強さやしなやかさや華やかさも備えていらっしゃる方であると、私は認識しております。しかし、それがファンを増やす要素なのかと考えれば、疑問符がつきます。つまり、個人としては、大変魅力的な人であると思える、そのことが、かえって広い影響力をもって、人から人へと魅力を伝えたいと思うかどうか、疑問なのです。もう少し前、20年前なら、美空ひばりと同列になれたかもしれません。
5 タイミングが悪かった
つまり、さまざまな「タイミング」が良くなったと総括できるのかもしれません。このような、ゆったりとした「余裕」を示すような内容とメロディーを我々が受け入れるだけの気持ちが、当時の経済情勢によって失われてきた時に、不幸にして生まれた名曲・名演であったと思います。この時期、私は21歳で、自分の思考性の先にあるものしか求めていませんでした。それも手に負えないほどの急速さをもって。したがって、当時我々のまわりで流行っていたのは、佐野元春でした(佐野さんに関しては、最近知ったこととして、ブルース・スプリングスティーンを、かなり強くオマージュしていたということだけ申し上げます)。ディスコにも何度か行きましたが、そこでこの『素敵な気持ち』は、流れませんよね。あの頃の音楽シーンは、結局ソウルフルでダンサブルな曲が主流だったように思います。つまり、一元的な音楽の方向性が存在する、稀な時期だったと思います。
6 ひいては、我々が貧弱であった
その後、1985年になって、大人数でユニゾンで歌う、おニャン子クラブの時代に入っていきます。アイドルは別に歌がうまくなくて良い(それ以前では、浅田美代子さんの登場は、私にとっては衝撃的でした)、良い曲を歌わなくてもいい、という流れが定着しました。もちろんその時期に、宏美さんはアイドルではなく、しっかりとしたシンガーでした。そしてこの曲を発表しているのです。
ただ、ここが本当に難しいところで、歌うだけで人を魅了するシンガーであることを受け入れる度量は、当時、日本に存在していなかったということがあると思います。やはりルックスが重んじられ、その上、歌がうまければ申し分ない、という傾向が強まっていきました。むしろ、歌が上手いアイドルは、松田聖子さんや中森明菜さんらの頃でも、次第に疎んじがられる傾向にあったと思います。あるいは、それは関係ない、という傾向に。
テレビ全盛の時代であるから、当然でしょう。
しかし、歌の良さだけは、アイドルの継続性にも意味を持ちます。いま30代になっている元AKBのアイドルも、「あの曲が救ってくれた」というようなことを言っています。私も好きな曲ですが、「恋するフォーチュン・クッキー」です。で、それ以降、私はヒット曲も知らなければ、メンバーチェンジした後の彼女らには惹かれないのです。テレビで放映がされなくなっても、ラジオや音楽プレーヤーで音楽を聴く人は多いのです。したがって、彼らや彼女らが求めているかどうかは別として、やはり良い曲を担当させてもらい、歌っておくというのは、その後の彼ら、彼女らが活躍できるかどうかに影響します。早くに亡くなってしまった、松原みきさんがそれを示しています。
今、本当に日本中で流行っているというような曲は、私が知らないだけなのか、存在していないと思います。テレビも懐メロをとりあげる機会が多いなりました。音楽番組が視聴率をとることができる番組として成立していません。
これは何を意味するのでしょうか。メロディーが枯渇したのか、新たなメロディーを作ることができる人が枯渇したのか。これは難しい問題です。
こんな背景があるからこそ、本当にこの曲は評価されていなかったのではないかと、思うわけです。
他にも多々、こういう曲はありますので、気分転換のために、また書きます。
ぜひとも、『素敵な気持ち』を聴いてみてください。素敵な気持ちになれることでしょう。