マルクス関連の本は(古書店でも)売れない
こんばんは。
表題のことは、まあ、私の本のことも含めてなのですが、古書店においても、そうなのだそうです。
とりあえず、私は一番書いて残しておきたいことを書いた本を出版しました。もちろん、現在、文章の書き方等を見直しながら、ドイツ語と翻訳の対比版を書いております。若干、訳文を訂正したところもありますが、それは本質的なところではなく、同じような表現が続くから、鬱陶しいなとか、文末の座りが悪いな、とか思った場合に限られ、ほんの数箇所です。長谷部さんは何度も改訂されていましたので、まあ、それが普通なのだと思います。ドイツ語の構造を見直し、翻訳と付き合わせ、これだけ直しが少ないとしたら、まあ上出来だったのだと判断しています。他の方がどう思うかは別ですけど。
ということで、一応、マルクスの価値論に関して、書きたいことは書いたので、次のステージに進むために、とりあえずスッキリするかと思い、断捨離を行なっています。これだけ大規模な断捨離は、大阪に住んでいた10年前以来です。CD、本、衣服の三種です。
本は、今まで、念のために、マルクスやヘーゲル関連の本は、有意なものだけ、2部そろえていたのですが、とりあえず、そこまでの必要がなくなったので、ストックしておいたものは買取をしてもらおうと思ったのです。
前回の断捨離の時は、買取ではなく、全てを裁断して、スキャナで読み取って、データ化していたので、買取をお願いしたのは初めてでした。
すると、これが売れないんですねえ。美術書と一緒なら引き取ってくれるところもありましたが、マルクス関連だけを引き取って欲しいとお願いした、いわく「専門書専門店」では、コスト面からして無理だと返事をされました。その書籍は、私が全国各地の古書店から買った、全額にして数万円分のものなのに。また、展覧会で買ったカタログも、二束三文ってこういうことか、と思うほどの値段しかつかず、がっかりしました。
CDやLPもクラシック関連のものは、ほぼ値がつかないで、タダでもよければひきとるよ、って感じで。
で、どうしたかっていうと、全て了承しました。今の私にとって必要なのは、空間と余裕なのです。
今後、どういうことをするべきかも決めましたので、それに必要なものは全て残しております。つまり、本当の断捨離は、全てを自分のものとすることなんですよね。ですから、もう外をカッコつけて歩くことも必要がなくなったので、ワイズやヨウジ・ヤマモトの服も、数十着を売り払いました。もう私に物理的に必要なのは、一部の本と、それを読んで、執筆をしている時に必要な音楽と、目先にある絵画(ほとんど杉本博司さんのものですけど)や樹木だけです。あ、マッキントッシュとそのモニター類はもちろんですけど。
もう死ぬまであと数十年。なんとか、頭が元気なうちに、周りにあるものを消化して、本当の断捨離をして、すっきり死にたい。