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資本論の価値論に関する論説 等

スマホってそんなに大事なのか

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こんにちは。


資本論価値論の独和対比版の校正作業は順調に進んではいますが、母親が膝の手術をしたり、私が静脈瘤の検査をしたりしていまして、病院通いが最近続いています。本当は本日からChatGPTを再開しようと思っていたのですが、誤植が怖いので、あと1ヶ月は徹底的に誤植潰しにかけようと思い、来月に再開することにしました。したがって、発売は12月末になりそうです。なお、人間ドックの結果が最近きまして、なーにも問題なしということで、安心しました。ですから、どうしてこんなに病院通いが続いているのかも、ちょっと不思議ではあります。


私は車は持っていませんので、母親の付き添いの時はタクシーで行きますが、それ以外のお見舞いや、自身の病院通いなどには電車に乗ることになります。


もう私が退職する前からそうでしたが、電車の乗客の90%がスマホを見ていますね。ゲームを必死になってやっている人もいます。もちろん、中には読書をそれで行なっていたり、仕事をしている人もいるのでしょうが、どうもそういう感じには見えません。病院の待合室でもそうですねえ。整形外科のような高齢者が多いところでは、そうでもないのですが、若い人はほぼ必ず見ている。これが異様な風景に思えないのが異様に思えます。


そんなに皆さん、新しい情報に触れないといけない状況なのでしょうか?かつて、携帯電話が登場した際は、『刑事コロンボ』の殺人犯人が車にセットしていたように、かなりの金持ちで、なおかつ、確かに常時連絡がくるがゆえに、必然性があって携帯電話を所有していました。もちろん、それは声での連絡用に、です。仕事上、やむを得なくっていうことでした。


私は携帯電話は比較的早く所有しました。関西圏でツーカーという会社ができて、携帯電話を売り出した際に、当時、予備校講師で集まって、出版をすることになっていたので、みんなで所有して連絡しよう、ということになって、買ったのです。でも、電車に乗っている時に携帯電話に呼び出しがあったのは1度だけです。そのころの携帯電話はバイブレーションもなかったので、大きな音で呼び出し音が鳴り、周りの客も私の方を一斉に見たものです。


私はアップル社のコンピュータはII Siから使用しており、デスクトップ型は7台、ラップトップ型は5台、iPadは2台、買いました。初期のインターネットも経験しています。初めは映像なんて全くなくて、紐付けされたタイトルをクリックすると、文字情報がちょっと出てくる程度でした。画像をダウンロードしようとしたら一晩中かかってしまい、とんでもない電話料金を請求されました。当時は電話回線を利用していたのです。でも、スマホはiPhoneが4sになるまで買いませんでした。全く必要性を感じなかったからです。iPodでもホテルのWifiでインターネットを見ることはできましたし、第一、ホテルなら、ラップトップのコンピュータを使用できます。スマホは当時まだ通信料金が高額であったということもありますが、移動中や仕事先でスマホでインターネットを利用する必要は全くないと思っていたからです。4sを買ったのも、使用していた携帯電話が古くなったので、買い換えようと思ったからでした。そのタイミングで4sが登場したので、じゃあいい機会なので買うかって感じで買ったのです。これほどのApple好きが唯一、無視していた製品がiPhoneでした。


買いました。当時6万円ほどでした。そしたらどうでしょう。ネットなど、もう全く使いませんでした。本来コンピュータに送られてくるメールを同時に受信し、それを読むのには使いましたが、返信はしませんでした。第一、キーボードが打ちづらい。あれに慣れるには相当使い込まないといけないと思いました。そんな時間はないのです。じゃあ、本があの小さな画面で読めるかというと、それもほぼ無理。今は母親がセコムを利用するようになったので、それで生活の状況を確認できるアプリがあるため、SEを買いました。それまで数年スマホなしで生活していました。携帯電話は外で利用する可能性があったので、別に持っています。


だから私にはスマホがどうしてそんなに大切なのか、自動車で制限速度を超えて運転しながら、あの小さな画面で見るだけの価値のあるコンテンツのあるものってインターネットの世界に、そんなにたくさんあるのか?って思い、不思議に思っています。人が踊っている様子やゲームってそんなに必要なものなのでしょうか?


話は病院でのことに戻りますが、先日、とある病院に行った時、ある若い女の方が足を引きずって、診察室に入っていきました。私はその診察室のすぐ前の座席に座って、壁に書いてある病気の説明を読んでいました。数分でその女性が出てきたのですが、看護師の女性に抱えられるように出てきて、しかも大泣きしているのです。年齢で言えば30歳前後の方です。看護師の方が「だいじょうぶ?」って聞くのですが、よちよち歩きながら、泣きじゃくっているのです。そのうち、足の力が抜けたように、その場に座り込んでしまい、はあはあと大きく呼吸をし始めました。看護師の方が「過呼吸になるから、ゆっくり呼吸しましょう」と言い聞かせていると、さすがに騒動に気づいたのか、男性の医師も診察室から出てきて、「ちょっともちあげてもいい?」って聞いてから、後ろから抱えて席に座らせました。その後、別の診察室に移動していきました。私も手を貸そうと思ったのですが、女性なので、おいそれと触るわけにもいかず、見守っているしかなったのです。どうして彼女が泣いて出てきたのかはわかりませんでした。


そこで一番驚いたのは、決してその泣きじゃくっていた女性に対して、ではありません。私の横に座っていた50歳程度の男性の方です。彼はその騒動の前からずーっとスマホを見ていました。そして、その騒動の間、一度として女性の方を見ず、ずーっとスマホを見ていたのです。あの騒動よりも関心を向けるべきものってインターネットの世界にあるのですか?私は女性が泣いていた理由より、そのインターネットのコンテンツの方を知りたいと思ったものです。例えば、近親者の死が伝えられたメールが届いていて、それを読んでいたとしても、ちらっとくらい目をやりませんかね。


つまり私が言いたのは、スマホばっかり見ていると、周りで起こっていることがわからなくなるという恐ろしいことに対して、恐ろしいと思わなくなるという、恐ろしいことは避けた方がいいと思うってことです。これは本当に危険な状況です。自身で責任が取れるならいいですが、他人に対しても危険な状況であることは十分に意識してもらいたいのです。

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