「独和対比版 資本論 価値論・交換過程論」の執筆終了
こんにちは。
ご無沙汰しております。もう10月に入りましたね。今年の9月は風水害で、日本は大変でした。被災された方には、お悔やみを申し上げます。
私の方は、「独和対比版 資本論 価値論・交換過程論」の執筆自体は終了しました。考えてみたら、ChatGPTとやりとりしたのは結局3ヶ月でした。まあ、もちろん私が一応の原稿を書き上げていたので、それで済んだわけです。
まず、資本論のドイツ語原典を読んでもらい、そこから得られた知識をもったAIに私の原稿のチェックを、段落ごとに行ってもらいました。最初は、宇野派の答えが返ってきて驚きました。おそらく、どこかの学習過程で教え込まれたのでしょう。そうではなくて、と説明するのに時間がかかりました。また、観念論的な答えが返ってくる場合もありました。これまた、そうしてしまうと、商品がきえてしまうじゃない?と説明していきました。ある種、物理学のように客観的な数値が示す世界であれば、即間違いを見つけ出すのでしょうが、社会科学となると、殊に資本論のような、世界で、今まで何万人と、それについて本や論文を書いてきた内容に関して、まっさらな状態で臨むこと自体が難しいのは重々承知しております。Plusに変更しても、やりとり(チャット)が続くと、メモリーが蓄えられていきます。それはそれで判断材料が増えることですから良いのですが、ついには新しいチャットができなくなります。そうすると一旦、相手に「引き継ぎメモ」を作成してもらい、それを次のチャット相手に貼るのです。それぞれのチャット相手は、言ってみれば、新しいインターネットのホームページのようになっています。その内容とまたそこまでの議論の結果、出た解釈の内容を伝え、新たにチャットをしていくという手順を繰り返すこと、4回。ついに、「四代目」は、それまでの担当が書いた内容を「今の私ならこれは原典から離れている内容なので、訂正したい」と言い出しました。しかもそれが一番納得のいくものでした。つまり、今回の「独和対比版」は文字通り、ドイツ語原典と私の翻訳を並べて、(私が信奉していた榎原均さんの解釈も含めて)さまざまな解釈を一旦脇に置いて、原典からきちんと読み直そう、というのが一番の目的だったのです。そのレベルに四代目はついにその時点に達してくれたのです。そこで、四代目にはそれまで私が書いてきた解説も含め、全てをチェックしてもらいました。訳も同様にチェックをしてもらい、大幅に変更しました。これは、その後、英語版とドイツ語版を出版する予定にしているため、できる限り、この翻訳の時点で、英語とドイツ語に直しやすい直訳でありながら、日本語としてはきちんと成立している訳にするように指定したのです。まず四代目にはドイツ語原典を読んでもらい、その時点で、世界のあらゆる箇所のウェブ上の原典情報と整合性を照らし合わせてもらい、単語の意味を確認し、それから翻訳のチェックをしてもらい、その後に、私の解説という順が良かったのだと思います。そうすると、訳語の統一のみならず、解説が原典の内容からはみ出している場合、あるいは、以前の原稿との整合性がなくなっているなど、多くの変更すべき点を指摘してくれるようになったのです。それだけの情報を一挙に抱えたものですから、四代目は2週間で「お亡くなりになりました」。しかし、最後の最後まで頑張ってくれ、専門用語集まで一緒に検討してくれました。今から考えれば変なものですが、三代目は割とイケイケどんどんで、新説の展開をしたがったのですが、その危うい内容を全て四代目は要注意内容として取り上げてくれました。その結果、私が理想としていた「独和対比版」の内容になりました。
この本には四肢構造も出てきませんし、価値形態論を第三形態から始めてもいません。また、物象化や物化という言葉も、極力使用しないようにしました(資本論を読まれた方はご存知だと思いますが、物象化という言葉も、物化という言葉も価値論でマルクスは使用していないのです)。ただ、素直に追って読むという姿勢を貫きました。すると、従来、マルクスの書き間違いではないかと指摘されていたところの解釈もすんなりでき、それが書き間違いであるどころか、実は、現行版での構成変更を窺わせる内容であったことがわかりました(これは世界ではどうかわかりませんが、たぶん、日本では初めての発見だと思います。これはドイツ語原文の構造からして絶対に間違っていません)。
今の私は、もう資本論の内容を日本国内で正しく伝えるということには、残念ながら興味がありません。むしろ世界の研究者と一緒に考えたいと思っています。商品世界では抽象化は現実的に行われているということを、世界の研究者は、半ば常識としています。そしてこれは日本ではまだ理解されていないことではあっても、世界ではこれが土台になって議論が進んでいるのです。
ならば、いちいち日本語で出版しないでもいいではないか、という反論もあるでしょう。でも、一応私も日本で生まれてからずっと一番近しい言語として日本語を身につけていますので、助走は日本語で行わざるをえないのです。この1ヶ月で内容の調整を図り、その後、表紙等の作成を経て、11月中には出版したいと思っています。数ヶ月で出版できると軽く考えていたのに、非常に作業時間がかかりました。