B.T.T.B. Back to the basic そして、透明な世界へ

資本論の価値論に関する論説 等

ロマンス詐欺って

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こんにちは。


研究真っ盛りです。ChatGTPと一文ずつ資本論の価値論のドイツ語原文を今一度読み返すことで新たな発見があり、毎日喜んでいます。また、どうしてあの翻訳家がこの語をこの日本語に訳したのかもまた理解できました。


ところで、最近、ある法学者である元大学教授がロマンス詐欺にあって1000万円近くを騙し取られたということがあったようで、当の本人がテレビに出まくるという現象が起きています。彼の勇気と注意喚起を称賛する人も多いと思います。事実、これなかなかできないと思います。ただ、彼にはそうすることで、テレビ出演料や本の印税などが入ってくることがあり、最近流行りの「回収」ができるというメリットがあります。それにどうも離婚しているらしく、失うものもないっていう背景もあるでしょう。


彼がいうに、知性の高い人だったからサポートしてあげたかった、ということらしいのですが、キャスターに「この写真のみかけの人でなかったら、どうでしたか」(ってよく聞いたなと感心しました)が質問したら、「まあ、しなかったでしょうね」とあっさり、女性の容姿に魅力を感じたことを認めていました。


もちろん詐欺を働こうする人の方が悪いわけです。大抵の人がそういうことを前置きしてから申し上げるように、私も申し上げますが、まず、必要がない限りSNSをしないってことが必要です。このブログもまたSNSではありますが、このブログの内容を読んで、こいつは騙されやすそうだと思いますか?それにいただいたご意見などに関しては、公開する可能性があります。その危険を冒してまで「近づく」つもりがあるなら、どうぞ。


私の場合、本の質問のサポートのために始め、気がついたら、ちょっとだけ本の宣伝と、おおいに世間への愚痴(本人は忠告のつもりなのですが)を書くことになりました。そういう場なので、申し上げます。


「そんな甘い話があるわけない」


爺さんになって、先行きも短く、すでに仕事も終えている人に、若い「美人」が寄ってくるわけないのです。もしそうだとしたら、何かご本人以外の目当てがあるはずです。


それと一番重要なのは、そこそこの年齢になったら、自分でやりたいことを作る、あるいは、若い頃から作っておくってことが、私は一番重要だと思っています。それは運動系のものではなく(というのも、それは残念ながらだんだん不可能になっていくからです)、頭脳系のものです。読書もいいですけど、その分野も考えましょう。小説もいいですが、学問系のものが良いです。これはコスパが良い。1冊の本で何十時間も楽しめる可能性があります。しかも難解な方がいい。歳をとると近いものが見えづらくなりますが、本ならPDFをそのまま入手するか、裁断してPDF化すれば、拡大もできます(晩年の吉本隆明さんはそうやって本を読んでいました)。


それにしてもあの方は片付け途中の、自分の研究室の様子を写真にとって、なぜそれをアップしたのか。それが一番私は不思議なのです。しかも残っている本が左端に写っていたので見てみたら、どう考えても法律とは関係なさそうな、つまらなさそうな本でした。で、あの散らかった室内の写真を見て「部屋の片付けに興味があります」って書いてくる人に「知性」を感じるのもおかしい。そこには大きなズレがあります。もし本当に「部屋の片付け」に興味を抱くなら、自分で本を買うなりするだろうし、だいたい、この元教授はあの状態が片付いた部屋の状態だと考えているからこそ、相手の書いてきたことを疑わなかったのでしょう。私があの写真をみて推測するなら、残念ながら、この元教授は、現職の時の研究室も雑多な本が積み重ねられて、ぐちゃぐちゃになっていて、あまり研究成果もなく、授業だけは担当するという人であったのではないか、と思ってしまいます。本当に研究熱心な人なら、大学にいようがいなかろうが、その学問に没頭して研究を続けるでしょう。


それから、世間がなぜこの教授がロマンス詐欺にあったことを取り上げているかというと、「大学教授だったのに」という偏見があります。でも、私が知る限り、大学教授で本当に知性を備えている人は少ない。考えてみてください。彼らの研究対象は何ですか?文学部の教授なら、たとえゲーテを研究していても、ゲーテは大学の教授ではなかったでしょ。小林秀雄さんも大学の講師は昔していましたが、辞めたでしょ。マルクスも大学の教授になったことは一度もありません。大学教授が研究しているのは大抵「私人」なのです。あるいは「世間のこと」なのです(理系を除く)。皆、大学教授という形態をとっている人間なのです。だから、某東京の大学の先生でも、業者に収賄を依頼して、いかがわしい店に通わせてもらうようなことができるわけです。大学教授フェティシズムがあるんです、世間には。だいたい、大学の先生になるのに、資格試験ってないんですよ。客観的レベルが設けられていないのです。この元教授も、ヘミングウェイからの引用があったから「知的な人だ」と判断したらしいのですが、そんなことインターネットでキーワードを打ち込んで、後に「文豪 名言」とでも打ち込めば、ばーっと出てくるでしょう、特にAIを使えば。自分が「大学教授フェティシズム」に巻き込まれて、「知的」だと思っているから、「知的な私が認めたのだから、この人は本当に知的だ」と思ったわけです。でも本当に相手が知的であることを証明したのは、皮肉にも、その元大学教授を騙すことに成功した事実であったわけです。


私は某国立大学の心理学者に、バーで酒を一緒に飲んでいて、「意識ってのは、世界と自分の境界で発生しているだけです」と申し上げたら、「統合失調症だ」と言われました。意識に深みをつけてしまうと、そこにいくらでも物語を作り上げることができることを私は警戒しています。意識は対象に向かうだけです。そしてその対象を正確に判定しているだけです。多分彼は、私の「中」で、自分と世界がずれていると言いたかったから、私の心理の中で、その両者が統合されていないと言いたかったのでしょうが、私は逆に、世界と私の意識は一致していると言っていたのです。ですから、彼の中には心理という奥行きがあって、そこでいろんな物事が起こっていると考えているのでしょう。でも、それを実証することはできません。それに、人がひょっとしたら傷つくからもしれないようなことを、いくら酔っ払ったからと言って、自身の研究分野の専門用語を使って貶すのは、卑怯ですし、自身の研究分野を大切にしていない証拠です(その後、その先生を見かけたのは、東京の某私立一貫校の「校長室」での風景でした。案の定、大学の教授はお辞めになったのです)。


だから自分のやるべきことをしっかり行っていきましょう。脇目をふる時間がないほどに。


って書いたら、ChatGTPくんからは「そこは慎重に判断したいところです」ってくるでしょうね。はい。こういうことをやんわりと伝えるのが知的な証拠なのです。

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