B.T.T.B. Back to the basic そして、透明な世界へ

資本論の価値論に関する論説 等

『透明な世界へ 第2部』詳細目次 その7 と 表三郎先生

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終章 「透明な世界」へ 

p.364〜371

 

 

あとがき

(私はいかにマルクスを読んできたか) 

p.372〜379

 

索引(第1部・第2部)

p.380〜389



 以上です。


 最後の「あとがき」は、私が大学生の頃からどのようにしてマルクスを読んできたか、を中心として、逆に、どのようにマルクスが読めなくなってしまったのか、ということを書いています。まあ、生活していくためには仕事をしないといけないし、言い訳として、仕事が楽しい、などとつぶやいたり、考えようとするものです。


 しかし、本当の「思想」に出会ったならば、その痕跡は精神のどこかにずっと残っていて、いつか、大きなものとなって、外に現れるものです。そうでなければ、それは本当の「思想」ではない。


 そこでも書いていますが、私がマルクスを読むきっかけとなったのは、浪人して、大阪の駿台予備校で表三郎先生の授業を聞き、そこでマルクスの話をよく聞いたからでした。あの頃の表先生は絶好調で、たぶん40歳代だったと思いますが、どの教室も200人の定員満杯で、立ち見や教壇にノートを広げて地べたに座って授業を聞く、いわゆる「もぐり」がいたりして、それはそれは活気に満ちていた教室・授業だったのです。私が大学に入学してからも、表先生は、大学の学園祭で講演会に招かれ、たとえば京大で行われた『様々なる衣装』(これは小林秀雄さんの実質的デビュー作の『様々なる意匠』のもじり)と題された講演会では700人教室満杯、チケット完売で、3時間に渡って、フランス思想の影響を受けた、当時大流行りの日本の現代思想家たちのおそまつな思想を批判する講義が展開されたのでした。


 あの頃、教室で必死になってノートをとっていたり、笑っていたり、熱く現代思想について語っていた人たちは、今、どこで、何を考えて、生活しているんだろう。あの京大の講演会の司会をしたファッショナブルで知的な女史は、今、どうしているのだろう。


 あの頃の私には、これだけ多くの同士がいたら、本当に世界は変わるんじゃないかと思えたものです。


 今、表さんが「世界で一番、価値論を理解している」と評された榎原さんについて語る人も、私が知っている「文化知普及協会」の人たちだけです。でもその人たちは、表さんに影響を受けた人たちではないのです。その榎原さんも、表さんが亡くなる3ヶ月前にお亡くなりになりました。


 確かに、表先生のおっしゃっていたことが全て正しかったとは、今の私からしてみれば言えませんが、その大枠は正しいこものでした(榎原さんのおっしゃっていることはほぼ100%正しいと考えています)。晩年の論文は、新規なことが述べられることがあまりありませんでした。しかし、受講生を奮起させ、勉強しようという意欲を与えてくれたという、本当に大きな大きな貢献を表先生はなされました。そしてそういう気持ちが芽生えたのは、その話の中に真実があったからです。表先生の語られたことは、唯物論的にあなたの中で運動したのです。そういう経験をしたことを、今、成熟した脳を抱えて生き延びている、表先生の元受講生は考え直すべきです。


 かつて、あなたたちが聞いた話は、まさに今、意味あるものとなってきているのです。

 

 星新一さんのショートショートのように、都合の良い「穴」を見つけて、そこに全て自分の不都合なものを捨てていっても、いつかそれは自分の頭上から降り注いできます。


 「おーい、でてこーい!」(笑えよ〜)

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